内藤さんは50ン歳、お孫さんもいらっしゃる専業主婦です。
朝、雲ひとつない素晴らしい快晴です。「気持いい」、ベランダに立った内藤さんは大きく伸びをします。びしょ濡れの雨具が干されます。びしょ濡れのザックも吊り下げられます。びしょ濡れの軽登山靴も、ベランダの片隅のかげになったところに置かれます。雨水をたっぷり吸い込んだ皮革製の靴は、直射日光を当ててはいけません。3〇分くらいしたら見にこよう、と内藤さんは思います。太陽の動きに合わせて、陰干しする場所を変えてやらなくてはいけないのです。
内藤婦人の動きは軽やか、ご機嫌です。なぜなら、きのう山に登ってきたからです。瀬尾の至仏山(二二二八メートル)、鳩待峠まで会員バスを利用した夜行日帰りの登山、雨の中の登山、残雪があって滑ったりしたので泥まみれにもなった登山、、そんな山でも一日を過ごすことができれば、内藤さんの気分はさわやかです。
「それ、おまけしちゃいなさい」、夕食の買い物にも気合が入ります。「ただいま」とご主人のご帰宅。「食事にしますか、お風呂にしますか」、「お腹がペコペコだから食事を先にしようかな」。キッチンのテーブルの上は、ごちそうの山、ビールも出てきます。
翌日は掃除機を隅々までかけ、キッチンの床を磨きあげ、内藤さんはくるくると動きまわります。
「お母さん」、結婚してお家を出ている娘からSOSの電話。急用ができたので、一日子守りをしてほしいという内容です。内藤さんは二つ返事で引き受けて、いそいそと娘の家に向かいます。
山に登ってくると、内藤さんのご機嫌な日々は、1週間は続きます。もっともキッチンのテーブルに用意されるごちそうの山は、日を追うに従ってその高度を減じていくということですが・・・・・。
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